「勉強しなさい」と言う危険性!強制させない考え方について。

「勉強しなさい」と言う危険性!強制させない考え方についてご紹介します。

テレビ番組では、よく「教育ママ」や「天才の育て方」特集のようなものがたまにありますよね。

そこで、東大生のお母様が出演して、「わたし、勉強しなさいって一度も言ったことありません!」と断言。スタジオと茶の間は「え~!」と驚きのリアクション。

さらに、そんな意外な教育事例をいくつも取り上げながら繰り広げられる、逆説的で目からウロコの神話的教育物語、見たことありませんか?

実はこれとっても危険なんです、、、。

1.理念と型とは
2.理念と型による分析
3.型だけみるとどうなるのか
4.「勉強しなさい」を言わない裏側
5.型をきっかけにする
6.まとめ

1.理念と型とは

2つに分けるものってたくさんありますね。男と女、デジタルとアナログ、善と悪・・・
そこで、今回は「理念」と「型」という区分から始めてみようと思います。

そもそも、それぞれどんな意味なんでしょうか。今回取り上げる内容としては下記の通りです。

理念⇒物事の根本的な考え方。抽象的なもの。
型 ⇒理念を受けて実践に落とし込んだもの。具体的なもの。

例えば、「顧客を一番に想う心を大切にする」が理念で、「毎月必ず一回は顧客の元に伺って意見を頂戴する」が型です。

理念は抽象的度が高く、いろんな解釈ができてしまうのが特徴で、しっかり知らなければ大きな誤解を生んでしまいます。

しかし、理念は物事の指針で、あらゆるものの判断基準になります。いわばコンパス(方位磁針)の役割を果たします。

型は、対して具体的な行動を差します。一見不思議に思う行動も、実は大きな理念が背景にある場合があり、型だけで良し悪しを判断するのは難しいところがあります。

もう少し具体的に見ていきましょう。
型だけ見るというのは、以下のようなかんじです。

「女性にケーキをあげると気分を取り直してくれる」といった型があるとします。
それをそのまま、喧嘩した直後の、仲直りしていない彼女や妻に対して実行した場合、どうなると思いますか?

人それぞれでしょうが、「物をあげたらなんでも許されると思ったわけ?」と、返って事態が悪化してしまうことはなんとなく想像がつきますね。

そもそも、ケーキをあげればいいというのは、「気持ちをより明確に伝えたい」という理念が前提にあるからで、言葉だけでは伝わらないこともあるから形にしたほうがより良いと考えるからです。
なので、まずは謝罪の言葉を伝えるのが最善策でしょう。

しかし、これらを型だけみると、あたかも「ケーキをあげれば問題は解決する」と錯覚してしまいかねないわけです。

これらが理念と型の違いです。

世の中にはいろいろな経営、商売、教育などの手法、意見がありますが、この手のものは大きく理念と型の2つに分けられると考えることもできます。

2.理念と型による分析

どうして理念と型の話を挙げたかと言いますと、冒頭に書いたような場合があるからです。

東大生のお母様が「うちの子には一度も勉強しなさいって言ったことないんです」

これ、どんな感想を持ちますでしょうか?

「え、勉強しなさいって言わなければ東大に行かせられるの?」
「今から勉強しなさいって言うのをやめたらうちの子は賢くなるかもしれない」

こんな感想を抱いた人は、要注意かもしれません。
なぜなら、この「一度も勉強しなさいと言ったことがない」は、型だからです。

一見、「勉強しなさいと言わなければ返って勉強してくれるんだ」と捉えてしまいかねないものですが、本当にそうでしょうか。

実際、子どもには「勉強しなさい」と言わない方がいい場合がほとんどなのは事実です(この論に関しては長くなるのでまたどこかで!)。

しかし、こういった親(家庭)の場合は、そもそも子どもが学べる環境が整っている場合が多いのです。
もしくは、環境をしっかり整えて学ぶ楽しさを十分に伝えた上で「勉強しなさいと言ったことがない」と言っているわけです。

よって、子どもは「勉強しなさい」と言わないだけで勉強するようにはならないでしょう。

では、どんな理念が隠れているのか。いくつもありますが、大きくは3つほど。

「人は生まれながらにして有能である」
「子どもは好奇心に満ち溢れていて、それを阻んでいるのが大人である」
「学びは強制されるものではなく、楽しむものである」

上記のような理念(価値観に似ている)ものがあるのだと考えられます。

もう少し付け加えるなら、このような理念(価値観)を持っている家庭には、子どもは日頃から「学ぶ」ということに触れる機会が多くあり、「物心ついたときから近くに『学び』で溢れていた」環境が整っている傾向にあるのではないでしょうか。

結局、「勉強しなさい」と言わない家庭は、それ以外の部分で勉強してしまう環境になっているというわけです。

3.型だけみるとどうなるのか

仮に「勉強しなさい」と言わなくなったとしましょう。
すると子どもは「ラッキー、遊ぼう!」となるはずですね。

はじめは親もこれで待ち続けますが、そのうち堪忍袋の緒が切れ、「なんで勉強しないのよ!ゲームをするにも限度ってものがあるでしょ!」と言ってしまうことは想像に難くありません。

つまるところ「やっぱりうるさいなぁ」と逆戻り。むしろ、一度態度が変わった分信頼を失う結果になるかもしれません。

このように、型だけみるのは本来望む結果と真逆の結果になる可能性があるのです。そんなつもりはなくても、です。

こうならないためにはどうすればいいのでしょうか。

4.「勉強しなさい」を言わないの裏側

先に見たように、大切なのは理念を知ること。

「勉強しなさい」を言わないのは、「子どもは好奇心に満ち溢れていて、それを阻んでいるのが大人である」という理念があると見てきました。これはこれで少し説明のいる話なのですが、今は「子どもは環境さえ整えば自ずと学びはじめる」と解釈しておいてください。

とするならば、「勉強しなさい」と言わないようにする前に、普段の生活で子どもに勉強を強制しているようなところはないかを点検する方が先決です。

例えば、「いい大学に入りなさい」という価値観を押し付けていませんか?
「宿題は絶対しなければならない」という雰囲気を出していませんか?
「今我慢すれば将来きっと楽に生きていけるから、今無理をしなさい」と信じ込んでいませんか?

こんな価値観があるからこそ、子どもは息苦しくて「勉強は楽しくない」と考えるのではないでしょうか。

また少し話が逸れますが、「課題の分離」という考え方があります。
これは、人には人の課題があり、その課題を他人が引き受けることをしてはいけないという理念です

例えば、「宿題をしない」という場合、その宿題をしなくて困るのは誰か?という話です。
もちろん、本人ですよね。よって、親が「宿題をしなさい」と言うことはできないことになります。

以上から、東大生を育てるのに「勉強しなさい」と言わないという型の裏には、「課題の分離」という理念が眠っていることが見えてきます。そうすると、日常生活でもっと変えるべきところが出てきますし、「勉強しなさい」を言わない意味が理解できるのではないかと思います。

5.型をきっかけにする

人間は型という具体でしか行動できません。
なぜなら理念は概念だからです。行動となると具体性が必須なのです。

なので、学ぶきっかけはいつでも型からはじまるわけです。

「え、勉強しなさいって言わない方がいいの?」と考えることをきっかけとするのはとっても大切なことです。ただ、それで止まっていては望む結果に繋がりません。

「そこにはどんな理念があるのだろう」。

こうして理念を学んでいくといいのではないかと思います。そして、その理念からまた具体に落とし込み、「勉強しなさい」って言わないでおこう、と戻ってくればいいのではないかと思います。

6.まとめ

いかがでしょうか。

今回は「勉強しなさい」と言う危険性!強制させない考え方についてご紹介しました。

とどのつまり、型を真実だと捉えるから変な解釈や間違った意見が尽きないわけです。

少し批判したくなることも一度立ち止まって考えて、「いや、ここには大きな理念が眠っているはずだ」と考えると、世の真理にたどり着いてくるのではないでしょうか。

是非、日頃から理念と型を意識してみてはいかがでしょうか。